概要(血液のシミュレーション)

出血シーンが存在する映画やゲームは多数存在しますが,これらの作品には年齢制限がかけられる場合があります.このことから分かるように,血液にはひじょうに重要な意味があります.出血シーンは道徳的に隠すべきだという意見もありますが,慎重に扱うことができれば,映像作品において精神的な部分に大きい影響を与えることが可能です.一方で,このような出血シーンで視覚的リアリティが不十分だと,作品全体の質を著しく損ねてしまいます.そのため,出血の写実的なビジュアルシミュレーションを行うことには意義があります.

流血ビジュアルシミュレーションの結果

本研究では,調査・分析によって”血液らしさ”を実現するためのファクタを10個抽出し,そのうち視覚的に影響の大きい6個のファクタに焦点を当てました.それぞれの現象に応じて最適な挙動を再現するため,3つの異なる粒子を用いて流体シミュレーションを行うことで出血を表現しました.まず,表面を流れる血液をflow粒子を用いて表現しました.また,傷口の大きさや血圧の変化が出血量に与える影響を考慮するために,生体内の血流をシミュレーションするin-vivo粒子を設けました.血液が固体表面上を流れた場合,物理吸着の影響によって血液と接触した部分にはわずかに血液が付着します.しかし,flow粒子ではこのような血液の付着を十分表現できないため,新たにadhered粒子を設け,血液の固体表面への付着を補助しました.

“血液らしさ”を表現するためのファクタ.本研究では,
緑色になっている6個のファクタに焦点を当てた

また,システムの監督可能性(directability)を重視し,ユーザのストローク入力に応じてguiding粒子を発生させ血液を誘引することで,対話的に流血の軌跡を制御可能にしています.これによって,タトゥーや傷口など映像において重要な部分を隠さないように流血を制御できます.

流血のビジュアルシミュレーション結果

概要(スプラッシュのシミュレーション)

液滴を液体や固体の表面に垂らすと,スプラッシュが発生します.液滴は物体表面に衝突すると,円環状の起伏となって広がり,その後副次的に発生した水滴が王冠状の飛沫を形成します.このようなスプラッシュ現象は,ミルククラウン,飛び散るペンキ,プールに落ちる雨粒など日常生活に多く存在しています.スプラッシュ現象の視覚的リアリティを高めるために,液滴が王冠状に広がる特徴を再現することは意義があります.

飛び散るペンキのビジュアルシミュレーション結果

スプラッシュは高速かつ小規模な現象であるため,物理実験による定量的な観測が難しく,その原理に関しては解明されていないことが多くありました.しかし,比較的近年の物理研究により,周辺空気圧の影響が液滴の飛散を決定する重要な要因の一つであることが分かりました.

既存のSPHベース流体シミュレーション手法では,液体粒子は空気粒子からの空気抵抗力によって空気の影響を考慮しようとしていました.しかし,空気抵抗はスプラッシュ現象にほとんど影響せず,スプラッシュの挙動を再現するためには不十分です.

本研究では,実際のスプラッシュの挙動を再現するために,SPHに新たに周辺空気圧の影響を考慮します.単純に,密度が一定の空気が理想気体として液体表面に与える圧力の影響を外力として付加することのみによって,既存研究では表現できなかった副次的な液体の飛散が再現可能になりました.また,本手法では,周辺空気圧を外力として付加する単純なアプローチにより,既存のSPHと比較してほとんど追加の計算コストを必要とせず実行することが可能です.

ウォータークラウンのビジュアルシミュレーション結果.液滴が液体表面に衝突すると,
円環状の起伏となって広がる(中).既存手法ではこの程度まで表現可能.実際には,
その後,起伏の先端から副次的な指状のスプラッシュが発生する(右)

業績

下線が引いてある著者は藤代研究室に所属している/所属していたメンバーです。

発表(査読あり)

  1. Kazuhide UedaIssei Fujishiro:”Adsorptive SPH for directable bleeding simulation,” in Proceedings of ACM VRCAI2015, pp. 9–16, Kobe, October 2015 (received Best Paper (First Prize) Award). DOI: 10.1145/2817675.2817684
  2. Kazuhide UedaIssei Fujishiro:”Splashing liquids with ambient gas pressure,” in Proceedings of ACM SIGGRAPH Asia 2014 Technical Briefs, No. 6, Shenzhen, December 2014. DOI:10.1145/2669024.2669036
  3. Kazuhide UedaIssei Fujishiro:”Visual simulation of bleeding on skin surfaces taking physisorption and congelation into primary account,” in Proceedings of CG International 2012, Bournemouth, June 2012.
  4. Kazuhide UedaIssei Fujishiro: “Visual simulation of bleeding on skin surface,” in Proceedings of ACM SIGGRAPH 2011 Posters, Article No. 9, Vancouver, August 2011. DOI: 10.1145/2037715.2037725
  5. 上田 和英藤代 一成:「媒体としての血液のビジュアルシミュレーション」,芸術科学会第27回NICOGRAPH 論文コンテストDVD論文集,IV–3,中央大学後楽園キャンパス,2011年9月.
  6. 上田 和英大野 義夫藤代 一成:「物理吸着と硬化作用を考慮した出血のビジュアルシミュレーション」(オーラル発表),Visual Computing/グラフィクスとCAD合同シンポジウム予稿集2011,No. 21,松江,2011年6月.

発表(査読なし)

  1. 上田 和英藤代 一成:「周辺空気圧を考慮した液体のスプラッシング」,情報処理学会研究報告,Vol. 2013–CG–150,No. 8,東京大学柏キャンパス,2013年2月.
  2. 上田 和英大野 義夫藤代 一成:「皮膚表面上を流れ落ちる血液のビジュアルシミュレーション」,情報処理学会第73回全国大会,東京工業大学,5Z–4(講演論文集(4), pp. 99–100),2011 年3 月(上田は学生奨励賞受賞,推奨卒業論文認定).

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